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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)11531号 判決

原告

河村慶一郎

原告

河村静江

右両名訴訟代理人

芹沢博志

被告

共栄火災海上保険相互会社

右代表者

田中修吾

右訴訟代理人

斉藤勘造

被告

渡辺利光

右訴訟代理人

藤田信祐

主文

一  被告渡辺利光は原告河村慶一郎に対し七二八万四二二五円と、原告河村静江に対し七二八万四二二五円と右金員に対する昭和五〇年五月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告共栄火災海上保険相互会社は原告河村慶一郎に対し五〇〇万円、原告河村静江に対し五〇〇万円を支払え。

三  原告らの被告両名に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は三分し、その二を被告らの、その余を原告らの負担とする。

五  この判決第一、二項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告渡辺利光は、原告らそれぞれに対し七九二万五〇〇〇円とこれに対する昭和五〇年五月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告共栄火災海上保険相互会社は、原告らそれぞれに対し五〇〇万円とこれに対する昭和五〇年五月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  各原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告両名の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

被告渡辺は昭和四九年一月一五日午前零時三〇分、乗用自動車(足立五五ち五五〇〇号)を運転して葛飾区青戸四丁目一番一一号先路上を走行中、車を道路右側端のガードレールに衝突させ、この衝撃によつて、乗り合わせていた訴外河村隆司が胸腔内器損傷、肋骨多発性骨折を負い、その場で死亡した。

2  被告らの責任原因

(一) 被告渡辺は加害車を自己のため運行の用に供していた。

(二) 被告共栄火災海上保険相互会社関係

(1) 被告渡辺は所有者の隆司から加害車の貸与を受け、隆司よりも直接的、顕在的、具体的に当時の運行を支配していた。

(2) 被告保険会社は本件加害車両を目的、本件事故発生日を保険期間内とし、保険金額を一〇〇〇万円とする自動車損害賠償責任保険契約を締結した。〈以下、省略〉

理由

一交通事故の発生

請求原因1の事実は全当事者間に争いがない。

二被告渡辺の責任原因

請求原因2(一)の事実は原告と被告渡辺との間では争いがない。

三被告保険会社の責任原因

1  自動車損害賠償責任保険契約の存在

請求原因2(二)(2)の事実は当事者間に争いがない。

2  自賠法三条についての当裁判所の見解

「運行供用者」概念を抽象的に把握して、運行の間接的潜在的抽象的支配と利益の帰属者をも含めて責任主体の分散化をもたらす解釈は被害者保護の要請に応えている。しかし、他方において、「他人」につき、「運行供用者及び当該自動車の運転者(運転補助者を含む)を除くそれ以外の者」とする解釈を一般化、抽象化するとすれば、被害者保護の縮小化を招く。そもそも、三条本文の「他人」は言葉通りに解すれば、「自己」と表現された責任主体である運行供用者と別の人格を意味するだけである。責任保険制度の前提的規定としての面からいえば、第一義的には損害賠償請求権者としての被害者とこれに対応する賠償義務者としての運行供用者が別人であれば足りる。新しい責任要件規定としての側面からみた場合も、共同運行供用者あるいは運転者が「他人」から当然に除外されるとする解釈しかありえないまでに一義的なのか疑問である。本件は共同運行供用者に関する問題であるので、それに限定して検討する。「他人」から除外する理由を、これらの者は危険物たる自動車の運行を事実上支配管理し、運行から生ずる危険を防止すべく期待され、またそれが可能な地位にあつて、事故発生の場合にはいわば加害者と評価される立場の者であるという点に求める説があるが、通常の場合(事故の多くがという事実上の問題だろうか)加害者と評価される立場にあるから、これらの者は被害者たりえない、よつて「他人」ではないという論理化はできないのではないか。三条但書の「自己及び運転者が……」というのも、自己及び運転者以外の者が被害者である場合の要件と理解すれば足りるし、「自己」という表現は単独の運行供用者を前提としているとも解することができる。「被害者又は運転者以外の第三者」という点も、「第三者」から運転者を除外する表現形式をとつており(そもそもこの除外規定は無用であるにもかかわらず)、「被害者」から除外されている者はなく、但書の存在が共同運行供用者らの除外を必然的にしているとか、あるいは含ませることの障害になるとはいい切れない。「他人」から運行供用者が除外されるのは、被害者が自己を加害者として損害賠償できないこと、理の当然だからである。従つて、請求原因的には、「他人」とは損害賠償義務者と名指しされている運行供用者と別人であればよい。ところで、運行供用者が複数の場合、既に指摘されているように、自動車に対する運行支配ないし事故当時の具体的運行に対する支配の程度態様に差異がある。被害を受けた運行供用者のそれが賠償義務者とされた運行供用者のそれにくらべて、直接的顕在的具体的であれば、被害者が自分自身を運行供用者として権利行使するのと同視できるのだから、そのような場合、被害者の他人性は阻却されると解することができ、右の事情は本件被告側において主張・立証すべきと考える。

3  亡隆司の加害者運行に対する支配の程度、態様

〈証拠〉を総合すると、成人式を迎える者同志で前祝いをやろうということで、一四日夜九時ころ隆司や被告渡辺、訴外古川、海老名、南雲、野寺、夏見など一〇余名が喫茶店「アイアイ」を集合場所にして落ち合つたあと、古川と隆司が乗つてきた二台の車に分乗し、スナツク「パブフレンド」に移つたこと、あとから合流した者も含めてみんなでウイスキーなどを飲みながら歓談の時をすごし、夜半一二時ころ、一人残らず店を出たこと、古川の車には五人がのり、隆司の車には助手席に海老名、後部座席に左から順に南雲、野寺、夏見が座り終えたあと、車外に残つた二人の間で車の鍵が隆司から被告の手に渡されるまで多少手間取り、そのうち隆司の方が夏見の右隣りにのりこんできて被告渡辺が運転席に着き、そのとき、海老名が被告の運転を危ぶんで念を押したこと、被告渡辺は先発した古川の車のあとに続いて出発し、常盤線亀有駅と京成線青砥駅を結ぶ亀青新道との交差点中青戸小学校前まできて、古川が青砥駅へ出るため合図を出して交差点内でわずかに左折しかけた時点で、その右側にまわりこんで交差点を直進し、その先のゆるいカーブにさしかかつて運転操作を誤まり、右左に大きく蛇行したあげく、右端ガードレールに車体の右側面を激突させる事故を起したことが認められる。この間の経緯について、被告の供述を内容とする証拠のなかには、「店を出るまえ、自分は周りの者にほかで飲もうと声をかけておいた。隆司が元気がなく、大丈夫かとたずねたら、代つてくれというので運転した。青砥駅への道順は知つていたが、皆が青砥駅から帰るとは知らなかつた。自分と行動を共にするものと考え、自分方か途中のどこかで飲み直すつもりでいた。古川の左折合図は先に行けという合図だと思つた。」という趣旨の部分がある。ところで、冒頭に掲げた証拠によれば、海老名は被告渡辺からの「ほかで飲もう」という誘いをうけてその気でいたが、古川を始め他の者は被告のそういう誘いを耳にしてさえいない、古川は同乗者を帰りついでに青砥駅まで送つていくつもりしかなく、隆司と乗り合わせていた南雲、野寺、夏見三名も青砥駅まで便乗する気持しかなかつたこと、隆司は一五日早朝から出勤する予定があつたことが認められ、隆司が被告と一諸に飲み直すため行動を共にしていたとは考えられない。隆司が元気なく、代つてくれと頼んだので運転したというのも言訳がましくて信用できない。被告は自分で運転したいやら酒を飲む連れを求めたいやらで運転交代をせがんだものと思われ、少くとも前記交差点を左折せずに直進した時点以降は、隆司ら同乗者をなかば強引に道連れにすることを考えて、本件加害者を運行させたと推認するのが自然である。したがつて、被告渡辺は事故の時点では、自賠法二条にいう運転者ではなく、自己のために運行の用に供する者であつたし、被告渡辺の方が加害車をより直接的顕在的具体的に支配していたということができる。そうすると、亡隆司は被告渡辺に対して自賠法三条の「他人」であるとして同条による損害賠償請求権を行使することを妨げられず、被告保険会社は同法一六条により損害賠償責任を負う。

四亡隆司の過失

既述したところに従えば、同人にも、かりに不承々々であるとしても、酒を飲んだ被告渡辺に運転を許した過失があり、三割五分の過失相殺をするのが相当である。

五損害関係

1  隆司の損害と相続

(一)  隆司の逸失利益

一七〇二万五三〇九円

〈証拠〉によれば、隆司は原告ら夫婦の次男として昭和二八年九月五日に生れ、昭和四七年二月工業高校を卒業直前に中退して以来、調理師見習として勤め、昭和四八年当時で月給六万円余、冬期賞与約一か月分を得ていたことが認められる。右事実によれば、隆司の稼働年数を六七才までの四七年、この間の年収は昭和四九年賃金センサスで公にされている中学卒男子労働者の産業・企業規模・年令計給与に依拠して一八九万三七〇〇円を下らないと推定し、生活費を右収入の五割として、逸失利益の死亡当時における現価をライプニツツ式により算定するのが相当である。

算式

(128300×12+354100)×(1−0.5)

×17,981=17025309

(二)  相続

原告両名は隆司の父、母であるから、隆司の右損害賠償請求権を二分の一ずつ相続したことになる。

2  原告ら固有の損害

(一)  葬儀費 各一五万円

隆司の葬儀費としては三〇万円が本件事故による損害として相当で、弁論の全趣旨によれば右金額の半分ずつを原告両名で負担したことが認められる。

(二)  慰藉料 各三〇〇万円

原告両名が父、母として蒙つた精神的損害の額はそれぞれにつき三〇〇万円と算定するのが相当である。

3  過失相殺と損害のてん補

(一)  三割五分の過失相殺をすると、原告らに属する損害賠償請求権の額はそれぞれ七五八万〇七二五円となる。

(二)  原告らがそれぞれ、被告渡辺から以上の損害につき二九万六五〇〇円ずつの支払を受けたことは当事者間に争いがない。これを(二)の額から控除すると、残額は原告らそれぞれにつき七二八万四二二五円となる。

六結論

以上によれば、被告共栄火災海上保険相互会社は(被告渡辺と不真正連帯して)各原告それぞれに対し、不法行為に基づく損害賠償金五〇〇万円を、被告渡辺は(右被告会社と五〇〇万円の限度で不真正連帯して)各原告それぞれに対し同損害賠償金七二八万四二二五円とこれに対する不法行為日ごの昭和五〇年五月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき理由があり、右限度で原告らの請求は正当であるから認容し、その余は失当(被告保険会社に対する付帯請求については発生原因事実の主張立証がない)として棄却する。民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条

(龍田絃一朗)

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